Chapter 9

 お前らそこに並べ、と野田が言ったので、福島と桃谷さんの二人は申し訳なさそうに部屋からのそのそと出てきて、ソファにいた亮太くんはそれを見てギョッとしたのだが、二人は野田の前の、フローリングの床のところにそれぞれちょこんと正座し、それから反省の態度を見せてうつむいた。
 単刀直入に言うけど、お前たちどこから聞いてたの? と野田も尋ねたのだが、福島が言うことには「えっと、ほら、まっくん大人だね、そんなことねえよーキャッキャウフフの所あたりから」とさらりと答えられ、ほぼひと通り全部じゃねえか、と静かにため息をついたのだった。
「あっ、でも!」と、なにか思い出したように福島が言い、「桃谷さんは起こしちゃっただけで、途中からで……俺はその、みんなは亮太くんのこと大好きなんだと思うぜ、みたいなところで、うんうんそうなんだよなって頷いてたんだけど」
「勝手に墓穴を増やすんじゃない!」と野田は怒り、「大人の話なんだから、空気読んで寝てればいいものを、なんで聞き耳立ててるかな」
「だ、だってだって、気になったからー……」と桃谷さんも口答えをした。
「桃谷さんも止めるとこでしょ、そこは?」
 野田も言ったのだが、するとそこで話に乗っかるように福島も、「この人もなんだかんだでずーっと聞いてたからね」と、腕組みをしながら軽口を叩くので、まずお前が一番悪い!と野田が言い放って、福島は、はい、としょげ返った。
 まったくもう、こんなことしてたら鶴橋さんまで起きちゃうじゃねえか、と野田は思い、まさかと考えて、何気なく鶴橋さんの寝ている部屋の扉に目をやると、しかし、時すでに遅しというか、今度は扉の奥からこっそり顔を出している鶴橋さんとドッキリ目があってしまい、鶴橋さんは、ち、ちーっす、と軽く敬礼をして見せ、野田はまた深くため息をついて、仕方なく彼女も手招きして呼び寄せると、深夜だというのにソファの前に全員が集合したのだった。ソファにいる野田と亮太くんの前には、福島と桃谷さんと新たに鶴橋さんまで正座して座っており、野田は手をついてその場にへたり込んでしまった。
「て、ていうか、桃谷さん、ごめんなさい勝手に……話しちゃって……」と、野田は顔を上げて、ひどく疲弊したような表情で尋ねた。「亮太くんになら話しても大丈夫かな、とか、勝手に判断しちゃって、その……」
「え、え、えっ。ま、まあいいんだけど……」
 桃谷さんは心中複雑な様子で、嫌、とも大丈夫、とも言わなかった。その辺りで、でもびっくりしたよねえ、とひそひそ話を切り出したのは鶴橋さんで、そうすると福島もびっくりした! びっくりした! と水を得た魚のように話に乗っかって来、野田の方を振り返ると、
「お前さー、小学生に手つけるのは完全にアウトだよ! 何考えてんだよ!」
 と完全に痛いところをついてくるので、野田は全く反論できず、それは、俺も反省のいたすところでありまして……と謝り、すると福島も更に調子に乗り出して、そうだそうだ、だいたい俺ら全員お前の前に座ってるけど、何で俺たちが悪いみたいな感じになってんだよ! とのたまうので、隣の桃谷さんと鶴橋さんから、いや聞き耳してたのは悪いとは思うよ、福島くんだって悪いですよね?と同時につっこまれるのでそちらもおとなしくなった。
「お前さ、中学高校ぜんぜんそういう素振り見せてなかったじゃん……?」
 福島はおそるおそるといった調子で、野田に訊いた。
「いつから二人で、そういう感じになってたん、ど、同居してたときから、最初からそうだったってこと?」
 仕方がないので、野田もうん、とうなずいて、大学卒業した頃から、ずっと、と正直なところを答えた。すると、福島は大げさになって、まじかよー! それ同居っていうか、同棲だわ! あ、同性だけに、同性で同棲っていうことか……。


 野田は、再び額を押さえ、そうだな、一番個人的に知られたくなかったのは、こいつだな、色んな意味で、と思った。
 それからその日は、とりあえずもう深夜だけど寝よう、ということになった。不可抗力でなし崩しにこんなことになったけど、みんなよろしくね、別に今回は広めたくて広めた訳じゃないから、いたずらに他の人に言ったりするなよ、特に福島、と念を押し、しかし福島は、よかったな少年、悩みごと打ち明けられる人が増えてよ、告白は失敗だったけど、時間がたてばもっといい人現れるって、オレとかこれからも相談に乗るしさ、こーんな、変なのに捕まったりすんなよ、などと野田を指さしながら言うので、変なのじゃねえ!と野田も一応言い返しながら、適当に各自部屋に戻っていった。戻る前に鶴橋さんが、でもよく考えると、亮太くんも、そういう理由で家出するっていうのは、なんか現代っ子というか、イマドキの青春って感じですね、イメージだけど、と呟いて、いや、別にイマドキもクソもないと思いますけど……と野田もつっこんだのだが、鶴橋さんは、えーでも、ここの5人中3人がゲイ、ってなかなかお目にかかれるものじゃないなって思って、ホラ、何も知らされずに集まったのに……と言ったので、まあそう言われると、たしかに野田自身も妙な感じになるのだった。寝床に男4人で入り、野田が奥の布団で寝ようとすると、その隣が福島の場所だったらしく、あっこっち来るなよホモがうつるし、とか、寝ながら福島がのたまうので、その背中に半ば本気の蹴りを三、四発見舞って、いたっ、いって! 冗談です! 言ってみただけですすいませんでした! と騒ぎ、お前今ここにいる4人中3人敵に回してんだからな、大人しくしてろよ、と野田も脅しをかけると、亮太くんは亮太くんで、最後までくすくす笑っていた。


 それからは、特筆すべきこともなく、日々が過ぎていった。亮太くんが家に帰る前、福島が亮太くんに、キミほんとに、女の子とか別に興味ないの?と話すと、はい、ないです、と亮太くんが即答し、福島が早っ!とびっくりしたのを、ざまあみろと思ったりしつつ、まず亮太くんが、お世話になりました、といってぺこりとお辞儀をして帰り、それと時を同じくして、鶴橋さんと福島も一緒に、野田の家から帰宅していって、ふたたび野田と桃谷さんだけが残された。もともと二人だけど、なんだか寂しい感じだね、と桃谷さんは能天気に言い、そうですね、と野田は答えた。
 それから日も経ち、12月に入ったあたりで、本格的に風が冷たくなり始めてきて、なんと、桃谷さんに再びの長期出張が入ることが決まって、野田はその場ですっ転びそうになってしまった。こ、今度はいつくらいまでになりそうなんですか、と尋ねると、桃谷さんは申し訳なさそうに、今度はその、半年くらい、ごめんね、と謝ったので、野田は愕然とした。そのときはちょうど夕食時で、野田が料理当番であって、桃谷さんは、ごめんね野田くん、と再び謝り、野田は、別に桃谷さんが謝ることじゃ……と答えて、それから自分の作った煮物をつまみ、白飯をかきこんだ。
「あの……ぼくはその、野田くんが何しても構わないかなって、思うようになったんだ……」
 桃谷さんがぽつりと、そんなことを呟いたので、野田は箸を止めて、きょとんとしながらその話に聞き入った。
「いや、あのね、ぼくはこうやって、しょっちゅう仕事で会えなくなっちゃうし、場所もすごい不定だから、野田くんにずっと悪いなあとは思っててさ、だから、この前の亮太くんとかの話でもちょっと出てきて、僕もうーんって考えたことだけど、やっぱ、野田くんの一番楽っていうか、野田くんが一番、発散しやすいような形に、してもらった方が、一番いいのかなってぼくも何となく思ったんだけど……」
「博さん?」
 野田が桃谷さんの言葉を遮るように、下の名前のほうで低く呼んだので、桃谷さんは話を止めて、野田の方をみた。
「博さん」
「はい」
「俺たち、最初付き合うとき決めましたよね、俺たちは、そういうのずっと守ってこうって」
「うん」
「桃谷さんが俺のこと思ってくれてるみたいに、俺は、桃谷さんが幸せになってくれれば俺も幸せだなって思ってるんですよ、だから桃谷さんが幸せなら俺も幸せだし、桃谷さんが一番楽なのが俺も一番楽なんです」
「……はい。ご、ごめん」
「謝ることじゃないですよ」
「うん」
 桃谷さんはただ頷いて、その後ただ一言だけ、あの時さ? 世界で一番、桃谷さんが好きだから、って、言ってくれたじゃない? あれを聞いたとき、すごく嬉しかったんだよね、僕も野田くんのこと、そう思ってきたから……とだけ、付け加えた。


 それから年が明けて、紐解いたばかりの荷物を再びトランクと段ボールにまとめて、桃谷さんは新幹線に乗って新居に去っていった。今は携帯も、ネットもあるので、連絡を取るのだけは不自由することもなかったが、野田は、ソファに座り、ひとりでテレビの前で頬杖をついて見ているときに、ふと周りを見回すと、リビングは一人で暮らすにはあまりに風通しが良すぎてがらんとしていて、あの鍋をつついた騒がしい夜のことを、そのたびに野田は思い出さないでもないのだった。
 相変わらず仕事で会社に行くと鶴橋さんがいて、ときどき昼食とかを一緒に取ったりもし、桃谷さんがまた出張で出かけた、と野田が言うと、鶴橋さんもショックのようで、えっ私、そんなんだったら絶対耐えられない、野田さんすごいですね……と慰められてしまった。鶴橋さんのほうも相変わらず彼氏とは続いているらしく、そういえば福島とはその後どうなの、と野田が尋ねると、そういえば最近会ってないです、向こうからぱったり連絡途絶えちゃったので、話そうと思えばできるとは思うんですけど……と鶴橋さんは答え、野田は、ああ、なんか鶴橋さんから彼氏的な何かを空気で読みとったのか、それとも単に、面倒くさくてこっち側と連絡を取るのをやめてしまったのか、原因は知らないけれども、とぼんやり考えたり、考えるのをやめたりした。
 野田さん、さっきから元気ないみたいですけど大丈夫ですか? と心配されて初めて、自分が元気がないことに気づき、そういえば飯もうまく喉を通らず、なんだか漠然とした人恋しさを感じずにはいられないし、ああ俺はまたあの時の宴会みたいに、なんでもない仲間たちとワイワイ騒ぎたくなったのかしらん、と鶴橋さんに指摘されたことで野田は思ったりもしたのだが、何のことはない、仕事中ずっと寒いなーと思ったら明らかに自分だけ寒がっているし、体温計を借りて計ってみたら高熱がでていて、完全に風邪であった。上司に頼みに頼み込んで、その日は早退けさせてもらい、野田は電車に揺られ吊革につかまりながら、体をちぢこませて歯を小さくカタカタと鳴らしていた。
 家に帰ってきて、おっかしいなー手洗いもうがいもちゃんとしてはいたのに、どうして風邪なんかもらっちゃったかな、と考えながらリビングに入ってくると、そこには、布団を敷くのも面倒になって掛け布団と毛布だけ引っ張ってきてテレビをそのまま見られるようにしてあるソファがそのままにしてあり、これだよ、原因は、俺がこのソファ好きすぎるせいだ、いつも起きたときに布団ずり落ちてて丸まってて寝てたりするし、と独り合点が行き、完全に自分の監督不行き届きだったのだが、この布団を向こうに持ってって改めて布団を敷いて寝るというのも、すごくだるく、めんどくさく、眠く、とても寒くって、野田はエアコンをいれ、スーツを脱ぎ、分厚いパジャマに着替えると、牛乳をコップに入れてレンジでチンし、それを大事そうに両手で抱えながら飲み、そのあとで布団と毛布にくるまると、寝た。
 暗い天井を見つめながら、ああ、枕もいらねーし、楽すぎて笑う、と布団の中で寒さに震えながら野田は思い、ほんの2ヶ月前まで、ここで5人集まって鍋したりしたのに、あんなに部屋も明るかったのに、と考えると、ふと急に人寂しくなって、桃谷さんのところに電話したくなり、きょろきょろとその場で自分のケータイを探すのだが、やっとのことで見つけたと思ったら、キッチンのそばのテーブルの上に置いてあって遠すぎ、ああ、人は、人はこんなにも独りだ……と勝手に一人ごちた。


 確かに、あの11月の宴会から、福島の連絡はぱったりと途絶えていたのだった。まあ、不可抗力とはいえ、あの夜にあんなことがあったわけだしな、また遊びに来ようと思わなくなる奴もいるか、と野田は思い、いや、しかし、野田は、福島のことは中学生高校生の頃から、気がつくと好きになっていて、福島のことをこれはもう恋だ、恋だ!と勝手に一人で盛り上がって、福島にどう言おうか……どう言おうかというのは、どう告白しようかということだが、ずっと悩んでいた時期があって、それについてはあの時の亮太くんの気持ちも痛いほど分かっており、要は、野田はあの学生の頃から、最終的な結論として不可抗力でバレてしまう、みたいな展開を一番期待していたのではないか、みたいなことも何となく思い至ったりして、自分から伝えるのはもうなんていうか無理だし、かといって、向こうも自分のことが好きで……みたいな展開も、普段から目を凝らして探っては見るものの全然なさそうだしで、だから、なんとなくどさくさに紛れてバレてしまって、まあ、俺もそういうのアリだと思うよ、みたいな言説をなんとか引きずり出し、あとはナアナアで卒業に合わせてお互いフェイドアウトするしかない、みたいな回りくどいことなどを、考えたりしていた時期もあったのだが、結局それも、福島が勝手に高校をドロップアウトするという、とんでもない形でオジャンになってしまい、結局実行されることはなかったのだ。そしてそれが今になって、こういった形で期せずして現実に移されたのではないか? もともとこういった展開を望んでいたのではないか? という自分の無意識の心情を深読みしたりして、そういえば、あれからメールも何度かやりとりしていたのだが、その返事も次第に素っ気なく、続かなくなっていったようにも思え、しかし、いざ自分は「嫌われたのだ」、と考えても、なんとなく実感がわかず、あの、福島が高校を辞めて東京に行った夜、野田にすら内緒で一人で町を出て行ってしまった夜、あんな風に、今度も自分の前から、何も言わずに消え去ってしまうのか、と考えると、誰かの手を握りたくなり、桃谷さんをわがまま言ってでも引き留めれば良かった、みたいな実行出来もしないことを考え、俺だって寂しくないわけねーだろ、私耐えられない、とか言われても、俺だって好きで堪え忍んでるわけじゃない、ホントはすっげえ寂しくて、向こうまでついていきたくて……寂しいよう、寂しいよおー、離れるのはいやだ、ずっと桃谷さんと抱き合っていたい、ずっと桃谷さんの温もりを感じていたいのに、これから半年離ればなれなんて……と思うと、目の前に桃谷さんと福島がいて、場所は故郷の駅の小さな改札口なのだが、二人はこっちに向かって手を振ると、なぜか苦笑しながら、鞄を提げて駄弁りながら改札の向こうへ歩いていってしまい、そのときだけ何故か高校生のままの自分が、待って、置いてかないで、と手を伸ばすと、その手を誰かがつかみ、どっと体じゅうから汗が吹き出て、布団から顔を上げると、目の前に福島がいた。


 野田が目を覚ますと、自分は相変わらず布団にくるまってソファに寝ていて、部屋は明るく、目の前にファー付きのダウンを着た福島が野田の手を握っており、上から顔をのぞき込んでいた。な、なんで、と野田が言うと、「だって、一番最初に合鍵もらってたし、室外機は動いてるのに、部屋は暗くて、中に誰かいるだろうと思ったら、お前がソファで寝ててすっげーうなされてるし……」
 野田は寒くて小さくぶるぶる震えており、福島は、「お前、向こうに布団敷いておいたから、そっち移って寝ろ。あと、パジャマ着替えろ、汗すごいぞ」と言って、野田の体を起こした。野田の体は重く、福島は、布団をはぎ取って、野田を小さな子供みたいに扱い、ほら、バンザイしろ、と言うので野田もそれに従って、上のパジャマを脱がされ、野田は、お前、俺がお前のこと初恋の相手なんだよ、って今言ったらどうする、なんてどうでもいいことを思いながら、パジャマを着替えた。
 福島に抱え起こされて、ふらふらと布団のある寝床まで行き、どさりと横たわるとちゃんとシーツも枕も準備完了していて、掛け布団をかけられると、すごく暖かく、福島は、今からスーパーで何か買ってくるけど、なんか欲しいものあるか、食べたいものとか、と聞いて、ダウンの前のジッパーを閉めて出かける準備をした。野田は、待って、まだ行かないで、そばにいてほしい、と思ったが、そんなことは言えず、ポカリと、あとあっさりしたもの……おかゆとか……と答えるに留めた。福島はハイハイと了解して部屋を出ていこうとするのだが、野田は、もう福島がこのまま帰ってこないのではないか、と妙なことを思い、いやだ、出てかないで、俺いつもお前にひどいこと言ってるけど、ほんとはずっと友達でいたくて、だからもうちょっとここにいて、ソファも自由に使っていいから、休みも早く出て行かなくていいから、ずっとうちにいていいからさ、だから出て行かないで、と、心の中で願ったのだが、体は動かず、福島はそのままバタンと玄関の外に消えていった。まあ、そのあと言われたものを買って、ちゃんと帰ってきたのだが。

(終)

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